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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)7058号 判決

原告

池田和子

被告

駒姫タクシー株式会社

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金五〇〇〇万円およびこれに対する昭和五一年七月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故

1  日時 昭和五一年七月三日午前四時一〇分頃

2  場所 大阪市北区綿屋町二四

3  加害車 普通乗用車(泉五五え六五四号)

運転者 訴外姜七

4  被害者 原告

5  態様 原告は誤つて車道を歩行していたが、それに気づき直ちに車道外に出ようとして横転したところ、訴外姜運転の加害車が右横転している原告を轢いた。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。

2  使用者責任(民法七一五条一項)

被告は、その営むタクシー事業のため、訴外姜を雇用し、同訴外人が被告の業務の執行として加害車を運転中、前方不注視、ハンドル、ブレーキ操作不適当の過失により本件事故を発生させた。

三  損害

1  傷害、治療経過等

(一) 傷害 後頭部挫創、左肩甲骨骨折、両大腿、右肘関節部挫傷、外傷性歯牙破折(前歯五本)、上顎骨骨折

(二) 治療経過

原告は、右傷害を負い、昭和五一年七月三日から八月五日までの三四日間大阪市北区浮田町六番地行岡病院に入院して加療し、その後も同月六日から昭和五二年一月二〇日までの約六ケ月間右病院に通院加療するとともに温泉やマツサージによる療法を行なつた。

(三) 後遺障害

左肩関節鈍痛、運動制限あり、全身瘢痕あり(手掌大)、局所に神経症状を残す。頭重感、耳鳴あり、難聴。

2  損害額

(一) 治療費 金一〇六万一〇〇〇円

前記行岡病院における入通院治療費として、右金額を要した。

(一) 入院雑費 金二万〇四〇〇円

前記三四日間の入院に伴う雑費として、一日金六〇〇円の割合による右金額を要した。

(三) 入院付添費 金一三万二〇〇〇円

右入院期間中、付添看護をしてくれた訴外渡多恵子に対し、その付添費として右金額を支払つた。

(四) 休業損害

原告は「一条さゆり」という芸名で、芸能界は勿論、広く世間にヌードダンサーの第一人者として知られているが、昭和五〇年秋刑務所を出所し、芸能界に復帰し、ヌードダンス、映画出演、レコードの吹込み等の芸能活動の他に大阪市北区末広町一三番地において和風スナツク「一条さゆり」、会員制スナツク「ぎおん」を経営し、昭和五一年一月一日から同年六月三〇日までの間に純利益六八六万九七六九円を取得していた。また右芸能活動においては刑務所入所前の昭和四九年項には月間平均二〇〇万円程度の収入を挙げていた。

原告は、本件事故により昭和五一年七月三日から昭和五二年一月二〇日まで二〇二日間休業を余儀なくされ、その間次のとおり合計金の一〇五七万六七二五円の収入を失つた。

(1) スナツク経営によるもの 金七六〇万三七九九円

686万9,769/6×12×202/365=760万3,799円

(2) 芸能活動によるもの 金二九七万二九二六円

(ア) 小沢昭一主宰の芸能構成プロより支給されていた一か月約一四万円の出演料 金九二万九七五三円

140,000×12×202/365=929,753円

(イ) テレビシヨーの司会の出演料(週一回、一回金四万円) 金一一五万四二八五円

40,000×202/7=1,154,285円

(ウ) レコード吹込料(レコード吹込三回のうち残り二回分) 金八八万八八八八円

(五) 将来の逸失利益

原告は、前記後遺障害により、シエーカーも振れない程の左肩関節に運動制限があり、また前歯五本破損し、接客することが不可能となり、右各スナツクの営業を継続することができず、これを廃業し、またヌードダンサーとしてテレビ、映画出演等も予定されていたのであるが、全身にわたつて手の掌大の瘢痕が残つたため、テレビ等の出演もできなくなり、その他の劇場への出場も著しく困難となつた。

(1) ところで、原告は右後遺障害のため、その労働能力を三〇パーセント喪失したものであるところ、原告は前記症状が固定した昭和五二年一月二〇日当時三九歳で、その就労可能年数は同日から二八年間と考えられるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次のとおりその合計額は金七九六六万一九五九円となる。

(ア) スナツク経営によるもの 金七〇九八万二五七五円

6,869,769/6×12×17.221×30/100=70,982,575円

(イ) 芸能活動によるもの(但し芸能構成プロの分のみ) 金八六七万九三八四円

140,000×12×17.221×30/100=8,679,384

(2) 仮りに右(1)が認められないとしても、原告は昭和五〇年九月頃から桐プロダクシヨンで普通シヨーに出演してほしい旨依頼されていたが、本件事故による後遺障害で舞台での仕事は全くできなくなつた。

ところで、同プロダクシヨンからの収入は一か月金六〇万円の約定であつたところ、原告は少なくとも五〇歳までの一〇年間は出演可能であつたと考えられるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると次の算式により金五七一九万六八〇〇円となる。

600,000×12×7,944=57,196,800円

(六) 慰藉料

(1) 入院および通院によるもの 金一〇八万九〇〇〇円

(2) 後遺障害によるもの 金二二〇万円

(七) 弁護士費用金四五〇万円

(八) 以上(一)ないし(七)によれば、原告の損害額は金九九二四万一〇八四円(将来の逸失利益について予備的主張によれば金七六七七万五九二五円。)となるところ、本訴ではうち金五〇〇〇万円を請求する。

第三請求原因に対する答弁

一  請求原因一の事実については5の態様の点を除き、いずれも認める。なおその態様は抗弁一記載のとおりである。

二  請求原因二の事実については、加害車の運転者姜の過失の点は否認し、その余は認める。

三  請求原因三の事実について。

1

(一)  同1の(一)の事実は知らない。

(二)  同1の(二)の事実は知らない。但し入院日数が三四日であることは認めるが、通院実日数は一八日である。

(三)  同1の(三)の後遺症については、その内容、程度は争う。

すなわち、その後遺症も当初は「五歯以上に歯科補綴を加えたもの」として一三級四号の等級認定を受けたにとどまつた。その後原告側から自賠責保険に関しかなり強引な再請求手続がなされた結果、「局部に頑固な神経症状」(一二級一二号)が認められ結局併合一一級の認定を受けたもので、その後遺症態様も原告のいう程重要なものではない。特に頭部・顔面・下肢・上肢等の醜状障害については一切後遺症認定を受けていない。なお顔面の瘢痕については、後述の如く、原告が鋲につまずき転倒し顔面を殴打した際に受傷したものかもしれないし、また事故前の五日に原告は暴行事件に巻き込まれ、右目下に傷害を受けたことがあり、その際の傷である可能も高い。

2  同2の損害額については否認する。

原告の収入額についての反論

(一) スナツク経営について

原告は昭和五一年一月一日よりスナツク「一条さゆり」、同「ぎおん」の両店を経営していたと主張するが、しかし原告が刑務所より出所したのは昭和五〇年七月末であり、その後一年間梅ケ枝町の芝苑で仲居をしていたのであるから、右主張は誤りである。このことは大阪市発行の飲食店営業許可証もその許可年月日は事故後の昭和五一年九月一八日と記載されていることも明らかである。

かりに百歩譲つて、スナツクが既に開店されていたとしても出所後まもなく金銭に困窮し仲居をしていた原告にその開店資金が用意できる筈もなく、実質上の経営者は当時内縁関係にあつた訴外吉田源笠で、原告は単に雇われママであつたにすぎない。

(二) 芸能収益について

原告は昭和四八年に引退興行をしており、原告の年齢あるいはストリツパーという特殊な職種からしてその芸能生命は右興行の段階で終つている。もつともそれ以降原告が公然猥褻罪に問われ事件が最高裁に継続した折、一時社会的注目を浴びたが、それも単に一過性のもので持続する性質のものではなかつた。事実原告は、刑務所出所後一年間に亘り仲居をしており、その間の芸能界活動は微々たるもので収入に結び着くという程のものはなかつた。

(三) 桐プロダクシヨンについて

既に引退興行をし、ストリツプの世界より身を引いた原告が、その世界の草分け的存在であるストリツパー桐かほるのもとで再び同じ道を辿ることはあり得ない。

第四抗弁

一  免責、過失相殺

本件事故は、左記の本件事故発生の状況に照らせば、原告の一方的過失によつて発生したものであり、加害車の運転者姜には何ら過失がなかつた。そして、加害車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつたから、被告には損害賠償責任がない。かりに免責の主張が認められないとしても、本件事故の発生は原告の重大な過失によるものであるから、損害賠償額の算定にあたり大幅な過失相殺がなされるべきである。

すなわち

1  本件事故は、北区鳴屋町より扇町公園東側に抜ける運河を埋め立てた府道バイパス内にて発生したものであり、特に事故現場付近において、右バイパスは地表より約八メートル下降しており、他の道路とは垂直のコンクリート製の側壁で隔てられ、かつ地上部分には柵が設けられ歩行者が当該道路に立ち入る等およそ想像もできない構造である。特に右バイパスは市内より枚方、高槻、吹田各方面へ通じる幹線道路であり、また北側出口付近には阪神高速道路扇町インターであり昼夜を問わず交通量が特に繁多で、右道路に立ち入るなど自殺行為に等しい。だからこそ本件事故翌日の新聞には「一条さゆり自殺か」とも一部報道されたのである。当然のことながら、バイパスへの進入路にはすべて歩行者は勿論、自転車並びにそれ以外の軽車両のすべて通行禁止の標識が設置されている。

2  本件事故発生時、原告は事故現場に於て泥酔のうえ、トンネル入口付近のバイパス左側車線中央部に伏臥していた。原告は当時黒のカーデイガン、黒のスカート、黒の靴と黒づくめの衣服を着用し、かつ頭部を南に向け南北に伏臥し両手はその体の下敷きになつていた、そのうえ、道路上の鋲につまづき転倒し脳震盪を起した為失神状態に陥ち入り、路上にうづくまつていたもので、身体の動きは一切なく、南方より自動車を運転してきた者にとり、その判別は非常に困難な状況にあつた。

3  事故発生の七月三日午前四時過ぎは、日の出前のせいぜい空が若干白み始めた頃でなお暗く、ドライバーにとり一般に最も見通しの悪いとされる時間帯である。原告の伏臥していた地点はトンネル入口であり、その照明はまだとどかず、結局夜間走行時の照明としては、その運転する車両の前照灯のみであつた。ところで、右前照灯は減光状態であり、前方の黒色物体を認知できる距離は四三メートル手前であり、かつ本件事故現場付近において道路が右へカーブしており、右前方が容易に照射範囲に入つてこないという事情がある。したがつて運転者姜が路面に伏臥した黒つぽい物体を初めて認識しえた地点はせいぜいその手前三〇ないし四〇メートルの地点というべきである。

4  以上の如く、深夜四時過ぎしかも人の出入が全く予測されない地表より約八メートルも下降したバイパス内において、運転者姜が路面に伏臥する黒色の物体を発見してもせいぜい犬程度に判断したとしても無理からぬところであり、右の日時、場所および形態にて人が伏臥しているなどおよそ想像を絶することで、だからこそ他の同乗者も犬もしくは猫と判断したのである。

かかる異常状態下にある原告の存在までをも運転者姜に予想せしめることは余りにも過酷な注意義務を課するものである。加えて本件事故当時右側車線には軽四輪車が加害車と併進しており、かつ後続車の存在から転把或いは急停車の措置を採ることは不可能若しくは著しく困難であつた。そこで運転者姜は咄嗟の機転で減速のうえ黒い物体を左右両輪の間に通過させることでこの種の事案にしては原告の被害を最少限度に押えたものであり、原告の過失が余りに大きいのに比し、姜の過失は無いか仮に存するとしても僅少なものにとどまる。

二  損益相殺

原告は、自賠責保険から傷害分として金九九万〇一八〇円、後遺症分として金二二四万円の合計金三二三万〇一八〇円の保険金の支給を受けている。

第五抗弁に対する答弁

一  抗弁一の主張については争う。

すなわち、原告は酒に酔い誤つて車道内に入つたが、これに気がついてあわてて車道外に出ようとしたところ、転倒したものである。そのさい、被告車以外にもタクシー一台、コンテナー車一台が右車道上を通過したが、これらの車の運転手は原告の存在に気づき原告に衝突しないようハンドル操作をして事故発生を回避しているのである。

ところで、本件事故発生時刻は午前四時一〇分頃であり、右車道上が混雑している訳はなく付近は明るく車道の勾配も下り勾配であつて路面も平たんで前方の見通しは良いのであり、現に運転者の訴外姜すら原告の前方三二メートル付近で原告を発見していると述べているのであるから制限速度を守り発見後直ちにブレーキを操作するとともに的確なハンドル操作をしていれば容易に本件事故の発生は防止できたのである。

したがつて、加害車の運転者姜には過失があり、被告の主張は失当である。

二  抗弁二の事実は認める。

第六証拠〔略〕

理由

第一事故の発生

請求原因一の1ないし4の事実は当事者間に争いがなく、同5の事故の態様については後記第二の二で認定するとおりである。

第二責任原因

一  被告が、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。したがつて、被告には、自賠法三条により、免責の抗弁が認められないかぎり、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

二  免責の抗弁に対する判断

原本の存在および成立に争いのない乙第二号証(後記採用しない部分を除く。)、被写体、撮影年月日、撮影者ともに当事者間に争いのない検乙第一ないし第四号証、証人姜七の証言(後記措信しない部分を除く。)、原告本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の1ないし3の各事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

1  本件事故現場は、南北に通じる歩行者通行止、自転車、自転車以外の軽車両通行止のコンクリート舗装された北行一方通行の車両専用道路(通称府道バイパス。以下、本件道路という。)上である。本件道路は、事故現場付近では、これに平行してその東西両側を南北に通じる道路面から約八メートル下降していて、その両側の道路等とは、垂直のコンクリート製側壁およびその上に設けられた柵で隔てられており、北方に向かつて右にゆるやかに湾曲して、扇町公園の南側を東西に通じる市道扇町線の南端の線を入口として同市道および扇町公園の下を通る長さ約一五〇メートルのトンネルに通じている。トンネルの手前は、その入口の五〇メートル余り南に本件道路上に架された綿屋橋の下付近から約三度の下り坂となつており、最高速度は毎時四〇キロメートルに制限されている。事故現場付近の本件道路前方の見通しは良好で、右トンネルの入口の手前の両側には街燈が設置されており、また、トンネル内にも照明設備があつて、現場付近は明るい。本件道路は二車線となつており、その西側には分離帯を隔てて本件道路に進入するための幅員約三メートルの側道があり、それはトンネル内に入つて西側車線に合流している。右分離帯には、南方、トンネルの入口の約一五メートル手前までは、コンクリート製の土台および柵が設置されており、その延長上には、右土台の両脇にはじまり(その間隔約三メートル)、トンネル内部、入口から約二〇メートルの地点を頂点として次第にその間隔を狭める二本の線上に、長さ約四〇センチメートル、幅約一二センチメートル、高さ約六センチメートルの鋲が、一定の間隔を置いて路面に打ち込まれている。なお、トンネル入口付近における各車線の幅員はほぼ同程度で、二車線合せて約七メートルあり、またその東側車線の東側には待避場所が設けられていて、その幅員は、トンネル入口付近では約五メートルとなつている。

2  原告は、本件事故の際、酔余、誤つて北森町交差点から本件道路に進入し、北進してトンネル内に入つたが、通過するトラツクの運転手に注意され、引き返して側道から外へ出ようと歩きはじめたところ、トンネルの入口付近で前記分離帯の鋲につまづいて転倒し、脳震盪を起こしてそのまま西側車線の中央やや東寄りの地点に頭部を南に向けて南北(車線と平行)に伏臥し、両手をその体の下敷きにしたまま、起き上れないでいたところ、西側車線を北進してきた加害車がその上を跨ぐようにして通過し、その車体下部が原告と接触した。なお、当時原告は黒のカーデイガン、黒のスカートを着用し、黒色の靴を履いていた。

3  姜七は、本件事故の際、乗客である女性二名を乗せて加害車を運転し、本件道路の西側車線を北に向つて進行していたところ、前記トンネル入口付近の自己の進路上に、黒つぽい物体(実は原告)があるのを、その数十メートル手前において発見したが、その時点では、正体不明のままに、犬がうずくまつているのではないかと考えて、特に減速もしないで進行し、その手前約一二メートルに接近してようやくある程度減速し、そのまま伏臥している原告を跨ぐようにして進行したが、その上を通過する際、車体下部が原告に接触したので、その場から約二六メートル進行した地点に停車した。

なお、右減速するまでの加害車の走行速度は必ずしも明らかではないが、信号待ちをした後時速三、四十キロメートルで発進した、下り坂にきたら加速しなくても少々のスピードは出る、旨の証人姜七の証言から考えて、それは、制限時速の四〇キロメートルを相当程度上まわつていたものと推認される。

4  ところで、姜七が進路前方に黒つぽい物体を最初に発見した地点について、姜七は、前掲乙第二号証によれば、実況見分の際には三二メートル余り手前の地点を指示しているが、証人としては、原告代理人の反対尋問に対し、綿屋橋のずつと手前で発見した旨証言している。また、同証人は、その発見後本件事故に至るまでの経過等について、後部座席に居る乗客に、あの黒いの何でしようか、と尋ねたところ、乗客が口々に、猫と違うか、犬と違うか、と答えるといつた会話が交された、同証人は、犬でも轢くのは嫌だからハンドル操作でこれを避けようと思つたが、東側車線には加害車の右後方に接近して軽自動車が走行しており、また、側道にも自動車が本件道路に進入しようとして走行していたので、進路変更はできず、また、自車線上には後続車があり追突されるおそれがあつたため急制動の措置はとれず、やむなく減速してこれを跨いて進行することにした、自分としては、黒い物体はその上を通過するまで犬だと思つていたが、通過の際コトツと音がしたので、停車して降りて振り返つてみたら手足が見え、それが人間であることに気付いて、びつくりした、なお右後続車は東側車線に進路変更して走行していつた、旨証言している。

5  そこで、右1ないし3の名事実および4の証言等に基づき、姜七の過失の有無について検討する。

本件事故の際、姜七が、歩行者通行止の車両専用道路上の、東西に併存する道路の面から約八メートルも下降した地点に、未明の午前四時過ぎに、黒い衣類を着用して頭部を南に南北に伏臥していた原告を発見して、当初、これを犬ではないかと考えたとしても、それは、無理からぬことである。しかし、前記認定ないし証言にあらわれた、現場付近の状況、就中加害車の進路前方の見通しと明るさ、および、原告発見後事故発生までの間に交された乗客との会話、原告の上を通過したあとの姜七の動向態度などをあわせて考えると、姜七は、綿屋橋下付近を走行中既に原告を発見しており、また、減速する前後には黒い物体が人間であることに気付いていたのではないかと思われるのであつて、これに反する前記証言および乙第二号証の記載部分は、措信、採用することができない。そうであるとすれば、姜七において、制限速度を遵守し、正体不明の黒い物体(原告)を発見した直後に減速してその動静に注視する等、安全運転を心がけていれば、より早い機会にそれが人間であることに気付き、右後方の軽自動車を先行させて後続車と同様に東側車線に進路変更して走行する、あるいは、左側に避ける(前記認定の鋲が打ち込まれている部分を越えて側道上の車両が進入してくることは考えられないから、前記証人姜七の証言にもかかわらず、その余地はあつたはずであると考えられる。)など、本件事故の発生を回避する措置を講じることも十分可能であつたと考えられるから、前記認定の各事実および証拠から被告に全く過失がなかつたものと認めることはできないし、他に、これを認めるに足りる証拠はない。したがつて、被告の免責の抗弁は採用することができない。

第三受傷、後遺症など

前掲乙第二号証、成立に争いのない甲第一ないし第八号証、第一〇号証、原本の存在および成立に争いのない乙第三ないし第六号証、原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、これを覆えし得る証拠はない。

1  原告(昭和一二年六月一〇日生れ)は、本件事故により、外傷性歯牙破折、顎骨々折後頭部挫創、両大腿、右肘部挫傷、左肩甲骨々折などなどの傷害を受け、事故当日である昭和五一年七月三日から同年八月五日まで三四日間大阪市北区浮田町六番地所在行岡病院にて入院加療し、その後も症状が固定した昭和五二年一月二〇日まで実日数一四日同病院に通院加療した。

2  右のとおり、原告の症状は昭和五二年一月二〇日固定したが、前歯五本を抜歯し、左肩関節部に運動制限が残存したほか、左右の大腿部、右臀部、左肩、右下腱など全身に亘つて瘢痕が残つた。

なお自賠責保険の関係では、当初は「五歯以上に歯科補綴を加えたもの」として自賠法施行令別表後遺障害等級表一三級四号に該当する旨の認定を受け、その後受傷部位の多いことなどが勘案されて「局部に頑固な神経症状を残すもの」(同表一二級一二号)にも該当するものと認められ、結局併合して同表一一級の認定を受けるに至つた。

第四損害

一  治療関係費

1  治療費 金一〇六万〇一〇〇円

前掲甲第一ないし第六号証によれば、行岡病院に対する治療費として、原告が右金員を負担したことが認められる。

2  入院雑費 金二万〇四〇〇円

原告が三四日間入院したことは前記のとおりであり、右入院期間中原告主張のとおり一日金六〇〇円の割合による合計金二万〇四〇〇円の入院雑費を要したことは、経験則上これを認めることができる。

3  入院付添費 金一三万二〇〇〇円

前掲甲第七号証、乙第三、第四号証、弁論の全趣旨及びこれによつて真正に成立したものと認められる甲第九号証によれば、原告は、前記入院期間中昭和五一年七月二三日までの二一日間、付添看護を要し、その間訴外渡多恵子の付添看護を受け、同人に付添看護料として金一三万二〇〇〇円を支払い、同額の損害を被つたことが認められる。

二  逸失利益

1  原告本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)および弁論の全趣旨ならびにこれらによつて真正に成立したものと(甲第一八号証については、原本の存在も)認められる甲第一二ないし第一四号証、第一八号証、第二一ないし第二六号証によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、幼時から日舞を習つてその師匠の資格を有し、なお、洋舞の素養をもそなえたものであるが、昭和三三年項から踊り子となり、やがて、一条さゆりの芸名でヌード・ダンサーとして名をあげたが、昭和四八年五月に引退興行をしたところ、その際の踊りにつき公然猥褻罪で起訴され、有罪判決を受けて服役した。昭和五〇年七月末頃出所したが、右の公判係属中から服役の前後の約一年間、北区梅ケ枝町所在の料亭芝苑の仲居として稼働していた。

(二) 出所後、原告は、自己名儀で国民金融公庫から三〇〇万円、吉田源笠から五七〇万円を借受け、これを資金として、同年一〇月項、北区末広町一三番地で、和風スナツク「一条さゆり」、会員制スナツク「ぎおん」の経営をはじめたが、本件事故後、これを廃業し、両店を手離した。昭和五一年一月初めから六月末までの間の右両店の経営の実績は、次のとおりである。

(1) 一月から四月までの四か月間には、正月三が日と日曜日を除く一〇一日営業し、売上総額一三〇七万一五〇〇円(各月ほぼ平均した売上実績を示している。)から、仕入総額二一二万三五三〇円、一般経費(給与手当、家賃、旅費交通費、営業費、交際費、修繕費、水道光熱費、福利厚生費、通信費、消耗品費、保険料、広告宣伝費、雑費)総額五一〇万二三八〇円を控除した五八四万五五九〇円を純利益として計上している。

(2) 五月、六月の二か月間には、各月一八日宛営業し、売上総額四二三万一八〇〇円(六月に入つて、やや売上実績が下向いている。)から、仕入総額八二万六九二五円、一般経費総額二三八万〇六九六円を控除した一〇二万四一七九円を純利益として計上している。

ところで、右(2)の期間内における月平均営業日数が右(1)の期間内におけるそれに比べて減少しているのは、右(2)の期間内に、店舗の改装および後記(三)の興行出演のため、相当日数の休業を余儀なくされたためであり、また、営業一日当りの仕入高は右(1)の期間内より右(2)の期間内の方が僅かに増加しているのに、営業一日当りの純利益額および売上総額に対する純利益の割合が逆に(2)の期間内に至つて大幅に下落しているのは、原告において永続きする客を確保したい希望からこの時期に販売単価を大幅に切下げたことと、月平均営業日数の減少の割には月平均一般経費総額は減少しないこと、の二つを主たる原因とするものである。なお、右二つの店の客は、原告目当てに来店する者が殆んどであり、原告が不在であれば、営業しても、それ程の売上高を維持することは不可能である。したがつて、右純利益をあげるためには、他に相当額の原告自身の衣裳代、化粧代の支出が必要であつたと推認される。

(三) 次に、原告としては、かねて、スナツクの経営が軌道に乗れば、そのかたわら、舞踊の素養を生かして稼働したい希望を有していたので、一か月に一四万円位の出演料で一〇日間位出演する約束で小沢昭一主宰の劇団に加入し、まず手始めに昭和五一年五月から六月にかけて一〇日間出演した。なお、右出演に先立ち、三日間稽古をしたが、右稽古および出演の間は、スナツク両店は休業している。

(四) なお、原告には、健康体であるかぎり、スナツクの経営が思わしくない場合には、満五〇歳を少し過ぎる年齢までは、キヤバレーのダンシング・チームに入り、普通シヨウに出演する等して(もつとも、ヌード・ダンサーとして稼働することは、年齢的にも無理であり、原告自身、それは考えていない。)、相当高額の収入を得る方途も残されていた。

(五) 原告は、本件事故前、ビクター音楽産業株式会社との間に、三曲吹込む契約をし、そのうち二曲を吹込んで吹込料四四万四四四四円の支払を受けていたが、あとの一曲については、原告が本件事故により受傷したため、吹込みを断わられた。

(六) 昭和五三年一二月現在、原告は、飲食店豆狸の洗場のやとなとして午後五時から午後一一時まで稼働し、昼間は造花の作業をして、生計をたてている。

原告本人尋問の結果中右認定にそわない部分は、前掲各甲号証の記載等との関係で、採用することができず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

2  休業損害

前記認定第三の1の事実および弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により、昭和五一年七月三日から症状固定日である昭和五二年一月二〇日まで二〇二日間休業を余儀なくされたものと推認される。ところで、前記認定1の(一)ないし(三)の事実からすれば、右期間内におけるスナツク両店の経営と劇団出演に関する逸失利益は、前者については、利益額および利益率の低下した同(二)の(2)の期間内の純利益を基準とし、後者に要する日程(月一三日程度)による休業日数の増加と原告自身の衣裳代等の支出を考慮すべく、両者を合せて月額五〇万円程度の収入があつたものとして算定するのが相当であると認められ、その他に、同(五)の事実から、吹込料二二万二二二二円の収入を失つたものと認められるから、結局、本件事故による原告の休業損害は、三五四万二七六九円となる。

500,000×12×202/365+222,222=3,542,769

なお、原告は、テレビシヨウの司会の出演料として週一回四万円の割合による収入を得る予定であつた旨主張するが、原告本人尋問の結果およびこれによつて原本の存在およびそれが真正に成立したものであることが認められる甲第一六、第一七号証によれば、原告が本件事故前にテレビ出演したのは昭和五〇年一一月二五日と同五一年一月九日の所謂対談物二回に過ぎず、シヨウの司会者の件については、確定的となつていたものはなかつたことが認められるので、原告のこの点の主張は採用することができない。

3  将来の逸失利益

さきに1の(一)および(二)で認定した事実からすれば、スナツク両店の経営を継続することができた場合の収入の算定に当つては、借入資金の金利の負担をも考慮する必要があり、なお、原告の知名度によつて支えられているその収入を将来どの程度の期間同程度に維持確保することができるかの見通しは困難であるが、同(三)および(四)で認定した事実をもあわせて考えれば、その経営が思わしくなくなつたとしても、健康体であるかぎり、原告は、舞踊の素養を生かす等して、症状固定時から満五〇歳までの一一年間位は、月額四〇万円程度の収入を得ることができたものと推認され、前記認定の後遺障害の部位程度からすれば、その場合に想定される職業に関するかぎり、原告は、右後遺障害により、その間二〇パーセント程度の労働能力を喪失するものと認められる。そこで、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次の算式により、八二四万六四九六円となる。

400,000×12×0.2×8.5901=8,246,496

4  逸失利益に関しては、右2および3に認定した金額合計一一七八万九二六五円以上に原告主張の損害があつたものと認めるに足りる証拠はない。

三  慰藉料

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容、程度、その他諸般の事情を考えあわせると原告の慰藉料額は金二二〇万円とするのが相当であると認められる。

第五過失相殺

さきに第二の二で述べたところからすれば、本件事故の発生については原告に大きな過失があつたものといわざるをえないところ、第二の二で認定した事実関係から想定される姜七の過失の態様等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告の損害の八割を減ずるのが相当である。

そうすると、過失相殺後の原告の損害額は金三〇四万〇三五三円となる。

第六損害の填補

原告が、自賠責保険から合計金三二三万〇一八〇円の保険金の支給を受けたことは当事者間に争いがない。そうすると、原告の前記損害額は全て填補されて余りあることとなる。

第七結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富澤達 本田恭一 大西良孝)

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